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【與儀史江のプロフィール】

1969年12月14日5人家族の末子として誕生

幼い頃から見えない存在や植物・動物たちと対話し、彼らに向かい話しかける私を見て母は不思議がった

 

おしゃべり好きで知らない人にも声をかけ、空を眺め風に吹かれ~ぼっ~とするのが大好きだった父に姿形もそっくりなのに本当の家族は別にいて今いる家族は仲間だ・・・両親も大好きだけど親と呼べる人はほかにいると真剣に思い~大好きな絵本とパンツ一枚を袋にいれて4歳の時家出

 

いろんなことに疑問を持ち、自然と人の繋がりや見えない世界への興味は深かった小学生時代は男女なくみんなで遊び~人を笑わせ~人と対話することが大好きだった6年生と中1の頃にイジメに合い、明るく伸びやかな性格は一変し、人の顔色を伺い気を遣う性格になった

 

中学・高校は郵便友の会に所属し、全国に友を作り海外の人やいろんなジャンルで活躍する人と出会い、旅を通じてたくさんの刺激を受けた。弁論大会にも出場したり、学生会議の議長を務めたり出会いやご縁を楽しみつつも周りに気を遣いすぎて体調を崩すこともしばしば

 

短大は大阪で一人暮らしをスタートし、自分と向き合い対話するきっかけになった。卒論準備を始めた2年の頃、講堂で学ぶみんなの頭や体から、様々な光が放たれているのを見て驚いた。自分の手や体、外を歩いていても白い光や渦のようなエネルギーを感じた

 

社会人になる頃には、仕事で関わる人の心の声、体の悲鳴~本音とたてまえ~いろんな想いが電波のように体に伝わり、体中電気に打たれたような痛みがはしり、呼吸も苦しく眠れなくなった自分に何が起こっているのか訳がわからず、仕事を休むも症状はひどくなり救急車で運ばれることも多かった

 

病院や、宗教、たくさんのユタさん神人さんのもとを訪ね、原因を探したが聞かされる内容は同じだった「浮かばれない先祖がいて、助けを求めている・・・あなたと同じ苦しみを味わってもがいている先祖がいる・・・あなたがやるべきことをしないから・・・神の道を歩みなさい・・・信心が足りないから・・・」ふと・・・大きな疑問がわいた~

 

自分を守ってくれるご先祖様が、自分が苦しいからと子孫を苦しめるのか?辛い思いをしたから~同じ思いをさせようとするのか?私ならかわいい子孫にそんなことはしない・・・

 

ではこの現象は何だろう?どこに行っても答えは見つからず、一日中毛布にくるまり夜起きて明け方眠る生活の中で父や兄が帰宅すると、その日一日の出来事や状況が顔を見ただけで伝わってきた。どんな所で誰と合い、何をしたか~家族や知人の今日の出来事を、少し前の情報を言い当てたとしても何になるのか?何を創造できるのか?その先に何があるのか?自分をコントロールできないのに、周りの何がわかっても何の意味を成すのか毎日が葛藤の連続だったこのままでいいのか?本当にこれが本来の私なのか?普通の生活ができないのか?真剣に自分に問いかけ~一大奮起してアルバイトをしながら専門学校に通い、ビジネスに必要な資格を少しずつ勉強した秘書検定・日商簿記・ワープロ~何年か後に医療事務・医療秘書・診療報酬請求事務の資格も取得した

 

体はボロボロで~病院に通いながらもやればできると自信が湧いた不安定ながらも、温かな出会いに恵まれ、いろんな刺激を受けた~自分の中の可能性、体に集中したら痛みも苦しさもあるけど、好きなことや将来をイメージすると痛みが和らぎ前向きになれた

 

そんな時心のビジョンに仙人のようなおじいさんが現れ~体調のコントロールの仕方、瞑想や断食を通していろんなことを教わった~

 

日常的、何気ないことに関してもわかりやすく具体的な対話は一年くらい続き、体調が劇的に変化したハードな仕事もこなし、普通に働けるようになった頃~内側から響いてくる声がした声なき声~私の中から言葉が湧いてくる~でも私の表現ではない・・・それは普段私が使わない言葉の数々その内容も奥深く口にしても表記しても、心地いい言葉ばかり~声なき声の対話は広く深く私の中に浸透していった地球のこと~宇宙のこと~大自然のリズム~私自身のこと~生きとし生けるものについて~ドキュメンタリーや映画のような奥深い内容~

 

すべては我が内にあり~と響かせてくれる声なき声を、内なる神と感じた心と体の平安を取り戻し、将来をイメージした時~内なる神とは違うエネルギーを感じ始めた

 

「あなたのやりたい仕事は何ですか?人と語り合い、個性を響かせ、表現し合う場の中で大切な人達と共に喜びを奏で合うことをあなたは、望んでいませんか」

 

今まで仕事やバイトを通じて出会う方々に感じるままに、素直に湧いてくる言葉を伝えてきたらとても喜ばれた~その笑顔を見るだけで私が勇気をもらい~喜びがました~

 

一人ひとりが輝くのを感じた似たような内容で、いつも優しく問いかけてくれる温かなエネルギー、その神々しい光は高次元のガイドだった主人と出会ったことが更に大きなきっかけとなり、内なる神・高次元のガイドや大いなる存在たちから日々降り注がれるメッセージを現実の中で実践し、具体的に提案できるように日々精進を心がけた

 

スピリチュアルな世界を科学的に提案し、スピリチュアルな感性は誰もが持っているもの、それに気づくか、気づかないかは自分次第~すべては自己選択自己責任。どんな世界の住人になりたいのか?自分を愛し育むこと~自分に感謝すること~それが入口であり、きっかけとなることを提案し、活動を続けて15年~口コミで広がった繋がりは北海道~沖縄まで広がり素敵な笑顔の輪を広げている。

【與儀守剛のプロフィール】

1973年1月27日5人家族に生まれる。

生まれつき虚弱体質で、各種アレルギー・アトピー性皮膚炎・呼吸器・循環器系が平均より小さく家で過ごすより病院で過ごすことが長かった。アトピー性皮膚炎という言葉もなく、うつる病気と思われそれが原因で小学生から高校まで、壮絶なイジメに合った体中傷だらけ、教科書はボロボロ、イジメを口にすると家族が苦しむ・・・限界を感じて死を覚悟し海の中へこれで楽になれる~うすれゆく感覚の中で何かが自分の体を押し上げる・・・全長1mくらいのウミガメが自分を水面へゆっくり押し上げ生きる道へといざなった

 

死ぬことを許されないなら、一度死んだ気になって、イジメも気にせず医者から匙を投げられたアトピーを改善しようと毎日海へ荒行時を重ねた皮膚はどんどん剥がれ落ち、新たな体を得たように改善し食べ物もアナフィラキシーを起こしながら、いろんなものを食べてシーフード以外は克服した自分のイメージと日々のトレーニング~自分を信じることで道は開けることを実感

 

高校時代はバイトにあけくれ、自転車を買い通学にも利用し、呼吸器も強くなった幼い頃初めて買ってもらったグッピーを大切に飼育し続け、イジメや辛いことがあっても彼らを眺めていたら心が落ち着き、誰に教わることなく遺伝的なことを独自で研究して35年~オリジナルの品種を持ち、一目見ただけで遺伝パターンを理解するほど

 

大学時代もバイトを重ね学費を捻出し、専攻科目より自然科学系の授業ばかり受講し、公害原論・生態学・土壌生物学の権威ある先生方の指導の下、沖縄の環境保護活動に没頭した自然と人間の共存共栄、自然を育みつつ人が自然に寄り添う生き方~あり方について日々考えた

 

学生時代からのバイトを合わせると、食品業・サービス業・消毒会社・電気関係など様々な仕事を経験し30代の時、仕事帰りに多重玉突き事故に合い入院・リハビリや職探しをする中で求職者向けのエコツアーガイド養成講座に興味を持ち受講、そこで彼女と出会った

 

内閣府主催の海の生き物たちと触れ合う~親子向けのレクチャー講師としても2年間活動した彼女の何気ない言動に苛立ちを覚えながらも、いろんなところが刺激を受け幼い頃から封印してきた感性や感覚を思い出した~

 

自分が見つめてきた世界を表現した木工の作品、絵、創作した作品達に触れ、感動してくれた自分の持っているものをありのまま表現すること、自分らしい感性を大切にしていいと自信が持てた

 

スピリチュアルをずっと否定してきた自分が彼女と出会い、共に仕事を始めるに当たりいろんな質問を投げかけた彼女の説明を聞くたび、自分の中が整理されいろんなところが動き始め、違う表現やニュアンス、違う尺度の見方・捉え方が湧いてきた感覚として伝える彼女と、現実的科学的に時には男性に対しても具体的にアプローチすることができる二人の良さを合わせ「moondrop」というユニットでフリースタイルで活動し、口コミで少しずつ広がっていった

 

離島出張・県内でも素敵なご縁が広がり6年後「a souce of light 月の雫」をオープンさせ全国にも友人が増えていった初めはわずかな天然石を少しずつ仕入れて販売していたのが、石がより輝き最大の魅力を発揮できるようなラッピングの手法も独学で学び、石についての造詣も深くなった札幌に出張の際、アイヌの方と出会い胸から下げていたペンダントを見て、驚かれたこれは邪気をよせつけない特別な編み方~一本ですべて完結している~是非扱わせてほしいと熱烈なオファーをもらった

 

昔から身近に感じていた龍や見えない存在達をいろんな形で表現し、二人の世界を描いた作品展を市民ギャラリーで開催好評を得た生き物たちの生態・彼らの意識~家族の一員として生活している動物たちの心の声、体の声~家族へ発信しているメッセージもお伝えしながら、セッションの幅も広がった

 

充実した日々を送る最中2013年突然病に倒れる「ミラーフィッシャー症候群」「ギランバレー症候群」という難病にかかり、目も見えず全身に違和感を感じ、緊急入院車いすで移動、一日の大半はベッドの中・・・再び死を意識する毎日が続いた

 

そこから奮起し、自分を信じてトレーニングを重ね病院の反対を押し切って退院、通院するたび担当医を驚かせ、「一生車いす」と言われた言葉を覆し、後遺症もなく快復した月の雫は一つひとつの原石を磨いていくように、日常生活の中で石を愛でる楽しみ

 

~自分自身をありのまま受け止め、自分を愛し、大切にすることで道は開ける~

 

を提唱すべては自己選択・自己責任~自分のイメージを大切に

 

~どうありたい自分がいるのか~

 

そのための心や体のトレーニング・イメージの仕方など、提案しながら楽しく活動中

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